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古本千夜一夜
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 ひさしく探していた古本を手にしたときのうれしさは、ちょっと名状しがたいもんがあります。「おおっ、ソーシソーアイだったか!」。1996年のことなのでもう10年以上前になりますが、この本を入手できたときのよろこびと驚きも、まさにそんな感じです。長いあいだ探してたからなあ。

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 山岸藪鶯訳『空中軍艦』は、1895年——天皇の暦でいうところの明治29年7月、博文館より刊行されました(B6判/315頁)。状態もよくて、値段は——古書目録などを手にしたことがないとドン引きするかたもいるでしょうが、この際なので書いておくと、45,000円。これは安いと思ったし、いまも思ってます(最初の勤め人時代だったんで無理ができた)。しっかしそれ以上に、この表紙を目にしたときのインパクト。古書店の包装を解いたときはビックリしましたよ。*画像はすべてクリックで拡大します。


       空中軍艦邦訳
       『空中軍艦』表紙

 
 なぜこの本に関心を持ったかというと、訳者——山岸薮鴬は、このブログの第4夜でご紹介した詩人で文芸評論家、山岸外史の実父だから。山岸の伝記に本書のことがちらっと紹介されていて、ずっと気になってたんです。そこでは雑誌掲載みたいに書かれてましたが調べてもウラがとれず、単行本として刊行されてたのを知ったのでした。しかも19世紀末の世の中に“空中軍艦”ってどんなもんなんだろう! 興味を惹かれちゃうじゃありませんか。

 物語は、革命を画策するアナーキストによって発明された空中軍艦(飛雲艦)が、近未来1920年代のロンドン上空にあらわれて爆裂弾を落としまくる、ビッグベンも大崩落——という、表紙のイラストから想像されるそのまんま。ハイドパークに集まる群衆を押しつぶしながら着陸するシーンなんかもイラスト付きで紹介されていて、ちょっと悪趣味といえなくもないんですけど。

 
       邦訳中面

 
 原作は『 Hartmann the Anarchist ; or, the Doom of the Great City 』、1893年にアメリカとイギリスで出版されたようです。Hartmann というのはこのアナーキストの姓で、邦訳では日本人に比定して「耶間」になってます。わからないでもありませんが(笑)。邦訳は原書からわずか2年という早さで刊行されていますが、これは訳者山岸が米国に留学時代、原作者ダグラス・フォウセットと交流があったからだと、巻首の「凡例」に記されています。

 
       原書2冊

 
 上の左側が英国版、右のグレー表紙が米国版だそうですが、表紙の色以外はまったく同じなので、ほんとのとこは定かではありません。わかりにくいのですが、グレー表紙のほうにも赤表紙とおなじ、ビッグベン崩落のイラストが描かれています。ちょっと 9・11のツインタワーを思わせないでもありませんね。じっさい、9・11以後は海外のサイトなんかでも本書に言及するものがぐっと多くなったようで、わたしも 9・11のすこしあとに、本書をテキストにしてある研究会で発表したことがあります。9・11よりも WWI や WWII での空襲のイメージに近いのかなとも思いますが、大量破壊兵器時代の到来を予見していた、ということになるでしょうか。
 
 ちなみにこの原書2冊は、クレジットカードというものを使用しないわたくしのために、畏友・沢ひかるさんの手をお借りしたんでした。たしかどちらも1万円台だったと思いますが、いま検索すると、ちょっと手が出ない価格になってますね……。

 細密画風のイラストは原書でもふんだんに挿入されていますが、邦訳は別に描き直されているので、ふたつを見比べても楽しめます。

 
      原書ビッグベン
          原書の口絵


 原作者の Edward Douglas Fawcett(1866-1960)について、わたしはぜんぜん調べがついてません。どうも観念論哲学や詩、山岳、スポーツについての著作を残しているそうですが、いずれにせよこの『Hartmann』は、かなり若いころの作品だったということになります。

 この奇想天外なSF小説のネタとなったのは、ロビュールという科学者がアルバトロス号で制空権を得るというジュール・ヴェルヌの『征服者ロビュール』(1866年)でしょう。あるいはコナン・ドイルの友人で、ホームズのパロディ作品でも知られるロバート・バー Robert Barrの短篇小説「ロンドン市の運命の日」(1891年)のような、一種の世紀末小説として構想されたのかもしれません。この『空中軍艦』は、日本でものちに押川春浪『空中大飛行艇』(1902年)、楓村居士『空中軍艦』(1907年)のような少年向けSF作品にも影響を与えています。

 また、1970年代になって、アメリカでも何度かこの埋もれた小説『Hartmann』を再評価しようという試みがあったようで、SFやファンタジーの古典にスポットをあてる薄手の雑誌『Forgotten Fantasy』誌(1971年6月号)では、その前半部分が原書のイラストとともに再掲されました。安っぽい表紙も多少は現代風に書き直されています。

 
       fongotten fantasy
   『Forgotten Fantasy』1971年6月号


 また1975年には、ニュー・ヨークの Arno Press からリプリント刊行されています。このリプリントの存在は、研究会で報告したさいに栗原幸夫さんがネットで検索して教えてくださったのでした。表紙以外は原書そのままです。いまでも探せば比較的安価で手に入るんじゃないでしょうか。


       リプリント
       リプリント版の扉


 わたしが研究会で報告してから、日本でも邦訳『空中軍艦』を図版入りで紹介した本が刊行されたりしたようですが、訳者自身によって「省略せし所ところ直訳せし所翻案せし所敷衍せし所太はなはだ多くして殆ほとんど原作の痕を留めず」と書かれているのに、原書までさかのぼってふれていないのは、やはり研究として片手落ちといわざるを得ないでしょうね。
 
 また、内容的にもこの小説がやっぱり一種のキワモノ、トンデモ本と位置づけられかねない要素を少なからず含んでいることは、しっかりと指摘しておかなければならないんでしょう。というのも、わたしがそれを肯うかどうかは別として、ひとは思想のためにひとを殺すこともあれば、殉じることもあるわけです。しかし、それを物語として他者に説得的に働きかけるには、そういう行為に及ぶ強烈な動機が問われるだろうと思っているからです。

 ロープシンの有名なテロリスト小説の古典『蒼ざめたる馬』(1909)にしても、圧政に対する報復としての要人テロ、という大義名分を背景にしながらも、その要人の妻や幼い子どもたちも殺害することはできるか、テロによって世界の何が変わるのかということを「殺すものは殺される」というテーゼで自問自答せずにはおれなかった。
 
 しかし一種の思想小説、テロリスト小説としての『空中軍艦』にはそういう問いかけはいっさいありません。制空権を得た飛雲艦がロンドンを破壊するのはなぜなのかが、ほとんど描かれないのである。革命、みたいなことを口にはするけれども、その内実がどういうものなのかはいっさい語られることがない。単に空から爆裂弾が降り注ぐシーン、ビッグベンが破壊されるシーンをスキャンダラスに(無邪気に)描いてみたかっただけ、とでもいわんばかりなのだ。これで“アナーキスト”を名乗っては、本物のアナーキストは承服できないだろう。人殺しはみなアナーキスト、アルカイダを単なるテロリストとしてしか見なさないのと大同小異なんである。そういう意味でも、やはりこの作品は、もうすこし具体的に当時の社会や歴史をふまえたうえで、検証され直されなければならないと思いますね。

        
       空中軍艦勢揃い


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 ところで、訳者の山岸藪鶯(本名山岸覺太郎)は1867年(慶應3年)に栃木県に生まれています。この年は夏目漱石、幸田露伴、南方熊楠、尾崎紅葉、齋藤緑雨などを生んだ江戸最後の1年にあたります。江戸の画家といえば葛飾北斎を思い浮かべますが、北斎の没年が1849年なので、なんと20年も経っていないわけです。ほとんど同時代人とさえ言えますね。わたしが生まれた1968年の20年前といえば、敗戦直後の1948年。そう考えると、1980年代からのこの20年間の日本および世界の変転というのも、なんとなく納得できるようなできないような……。

 それはともかく、明治維新とほぼ同時に生を享けたかれは、若くして単身アメリカに留学。帰国後に尾崎紅葉の硯友社周辺の雑誌『東京文學』を創刊したり、当時の総合誌『太陽』にアメリカ西海岸のレポートや、翻訳小説なんかを掲載しています。『空中軍艦』の翻訳もこの時期のことです。そのいっぽうで大倉組に入社して、大倉喜八郎の片腕として実業界でも活躍しはじめる。息子の山岸外史は、のちに父のことをつぎのように回想しています。

「尤も父が俗にいうアメリカ帰りの明治期の実業人だったから、しかも祖父に反抗して十七歳で家を飛び出したような性格者でもあった。この父の意識はたしかにアメリカ的でさらに個人と自由を学んできていて、きわめて自由好きな人であったように思う。」(「禽獣・鳥魚・草木——薔薇の章(一)」)
 
『空中軍艦』もそうですが、山岸薮鴬の作品にはたしかに当時ようやく日本に紹介されはじめてきていた無政府主義や社会主義をアメリカで学び、紹介している風が見えないでもありません。その後、文学から離れていったかれは、日本の靴産業のはじまりを担った西村勝三や大倉喜八郎らが合同して1902年に創立した日本製靴株式会社(現在のリーガル)創立のさいには事務員として出席し、のちの1915年から23年までは社長もつとめました。江戸時代までは皮革産業は賤業とされていたし、靴産業の近代化の過程でも、なおそうした蔑視がつきまとっていたことから考えても、ビジネスマンとしての先見性と進取の気性みたいなものを備えていたのかもしれません。


       山岸覚太郎

       
 古い名士録みたいなものを繙けば、山岸覚太郎の名前は日本製靴社長以外にもいくつかの取締役などで盛名を馳せていたことがうかがえます。しかしその後、なにかの事情で没落してしまったようで、邸宅なんかも払ったのち、1937年に没しています。『空中軍艦』について、あるいは息子の山岸外史についてというよりも、いまはむしろこの薮鴬山岸覚太郎というユニークな人物について、評伝でも書いてみたいですね。


参考文献
池内規行『評伝・山岸外史』(万有企画)
『STEPS 日本製靴の歩み 1902〜1989』ほか
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